草木語り 2


東の空が白み星々が消えるころ、蒼は高い木の上にいた。

何か生物の鳴き声が一声、澄んだ夜気を裂き鋭く響く。それは山々に木霊し特別柔らかい蒼の肩羽を震わせた。

ああ、陽が昇る。

何度見ても美しい、と蒼は思う。

人である堅双にも見せてあげたい。

耳を浚うキンとした風を、目を射す生まれたての陽を。

のどの奥、こみ上げる何か。

咆哮するように、猛禽が空を仰いだ。

完全に朝日が昇る前に、堅双は焚火の始末をし一夜の寝床に感謝して綺麗に整えた。

土にも、木々にも、命は宿る。摂理とは真理だ。

時間も、川も、すべての流れゆく物は決して逆さにしてはいけない。

堅双が旅を重ねるのには、薬草探しの他にもう一つ理由があった。

死を、探しているのだ。

どこだどこだと探しても、ここだとは誰も教えてくれない。

死に場所を求めているのではないから当然ではあるが・・・。

流れに逆らい続ける自分の終焉を、堅双はもうずいぶんと長い間探していた。

「先生―?置いてっちゃいますよー。」

と物思いにふけっている堅双の顔を覗き込めば、たちまち柔らかく細められる目にホッとして、蒼はご機嫌になった。

「今日もいいお天気ですね、先生。」

「ああ、そうだね。何とか今日中に水辺に着くと良いんだが。」

背中に荷物を背負い込んで、二人は再び山道を歩き出した。

ふわふわと足元が気持ちいい。落ち始めて間もない色とりどりの葉が山肌を少しずつ染めている。

後、ふた月もすれば木々は葉を落としきり、次の春に芽吹く準備に入るのだろう。

「この山には、ずいぶんとクヌギが多い。」

「そうですね。どんぐりがたくさん落ちてます。僕は、木の実は食べないけど。」

「木の実が多いと、君の好きなリスやネズミが多いだろう。そしてそれを狙う蛇も。」

「はい!だから僕、おなかいっぱいです。」

「俺はたいそう空腹だよ、蒼。・・・そうだな、腹を壊したら、クヌギの木の皮を食うがいい。乾燥させた方が良いが、あれは解毒作用が大きい。」

「えーと、なんでしたっけ。ぼ・・ぼ・・・・」

「樸樕。」

「そう!ボクソク!じゃあ先生、どんぐりを食べてるネズミも、おんなじ薬効があるのではないのですか?ほら、冬虫夏草の、寄生と同じに。」

「どんぐりが体内に入ったからと言って、ネズミが抵抗するかい?むしろ栄養にしようと積極的に消化する。まぁ・・・」

そこでぴたりと足を止めて、堅双は後ろの弟子を振り返る。

「どんぐりがネズミを食うなら、話は別だが。」

「え・・・。」

思わず想像して身震いする蒼である。

クスクスと堅双が笑って、再び歩を進めた。

蒼と同じ肉食の鳥、鷹が空高く旋回していた。

しばらく登ったり下りたりしていた二人は、突然拓けた場所に出た。獣道とは違う、踏み均された道がある。この先にどうやら里があるらしい。

「ありがたい。これで川のある所を聞けるな。」

「食べ物もいただけるとありがたいですね、先生。」

「蒼、分かっているね。人間に会ったらーーー」

「分かってますよぅ、兄様。」

「うん、有難う。」

他の人間の前では俺たちは師弟ではなく兄妹だ、と堅双は蒼に言い聞かせた。

以前ある里に訪れた時、弟子と名乗った蒼に言い寄る若者が思いのほか多く、辟易した堅双は以来、人前では兄妹ということにしている。

人の姿になった蒼はそれはそれは愛らしい・・・見た目の娘になるのだ。

少なくとも、蛇やネズミを好むようには見えない。正体がミミズクだなんて普通の人間なら信じたりはしないだろう。

それでも堅双は「大好きな人には、みみずをたくさんあげます!」と大声で宣言するような蒼を、大切に思っている。

蒼の本当の幸せとはなんだろう、といつも堅双は考える。

こうして、山に分け入り野を巡り水に遊ぶような旅を続けていると、思うのはやはり自然の偉大さ。

厳しくも逞しいその懐に抱かれてこその、いきものなのだ。

蒼もいつか、山へ帰り自然の摂理と共に生きるのが望ましいはずだ。

その時は背中を押してやりたい、と思う。

だが、その時が来るまでは・・・と、思っているのもまた真実。




・・・・・・続く

夜半の月

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