鳥獣奇譚  ぬばたまの 8



ん?そうかそうか、昨日は怖かったか。

なぁに、大丈夫。

物語も今日で終わりじゃ。

しっかり布団にはいってな。


水蜘蛛はその脚で後ろから烏貝をシッカリと掴んだ。そして糸を何重にも巻き付けた。

烏貝はもう、何が何だか分からないうちに、閉じ込められてしまったのよ。

妖しい力に満ちた、堅牢な繭の中に。

そしてそのまま、水底へと引きずりこまれてな、柔らかで粘りある泥の中に生き埋めにされてしまった。

堰き止められていた水は勢いを増し、産卵中の魚たちを押し流したと。

突然姿を消した女神さんの化身を、水辺の生き物たちは懸命に探したが、ついに見つけることは出来んかった。

一仕事終えた水蜘蛛は来た時と同じ様に、糸を滑り己が山に戻った。

震えるほどの歓喜が、黒い炎を一層燃え上がらせた。

これでもう、邪魔者はいない。

あの方は私だけのもの。

腹の底からうねる様に哄笑が湧き上がる。

カチカチと歯を鳴らし、八本の脚が蠢く。

振り乱れる髪。

女神さんの姿に戻りつつあったが、半妖の様なその醜悪さに自らは気付かなかったんじゃ。

しかしな、見ていたんじゃよ。

男神さんがな。

帰って来ていたんじゃ。

何も言わず、笑い狂う南山の女神さんを静かに見ておった。

女神さんがその視線に気付いた刹那、黒い炎がついにその体を包んだんじゃ。

脚を焼き、髪を焼き、最期には声すら焼き尽くし、黒い炎は消えた。

しゅん、との煙も残さずにな。

全てを黙って見届けた男神さんは、北山へ駆けた。

姿を蒼黒い大蛇に変えて、水底を丁寧にさらったんじゃ。

ようやく見つけた烏貝から、水蜘蛛の糸を引き剥がし、懐にいれて男山に連れ帰った。

北山の女神さんはその懐の中で、再び男神さんの音を聞いた。

どんどんどん。どんどんどん。

力強い音が、女神さんの恐怖を濯いだんだと。


婆の話はこれで終い。

でもなぁ、みわ。

罪深いのは、一体誰じゃったのかなぁ。

未だに、私には分からんのじゃよーーー


よう、おやすみなぁ。




………続く

夜半の月

書くことの衝動に翻弄される、こっつんの小説サイトです。

0コメント

  • 1000 / 1000