幾度目かの貧しい冬をようやく越す頃、祖母は既に祖母ではなくなっていました。
ほとんど母の記憶のない私にとっては、身近な母の姿といえば、お友達の美雪ちゃんのお母様。
祖母だったその人の年の頃は、美雪ちゃんのお母様よりも、少し若い位でした。
「不思議なことも、あるものね。」
美雪ちゃんはそう言って、余り不思議にも思っていなそうな顔をしました。
そういえば、美雪ちゃんのお母様にもかつて不思議なことが起こったと、言っていました。
水神様の祠のある奥まった水辺で、膝に顔を埋め祖母の話をポツリポツリと話す私にとって、美雪ちゃんはあの頃大きな支えでした。
そんな美雪ちゃんにも、蛇のことは黙っていました。
気味悪く思われるのも嫌だったし、美雪ちゃんはきっと蛇なんて好きじゃないだろうと思ったからです。
あの、燃える、目。
冬の間畑仕事もなく、家の中で多くを過ごしました。
その節々で感じる視線。
時には慄き、時には背中を粟立たせ、振り向くとそこには必ず、物言わぬ双眸がほの赤い光をたたえそこにありました。
何ともなしに見た時には、その目は青く凪いでいるのに、強い視線を感じる時は決まってホウズキの様な色をしていました。
熱い、という表現が相応しい。
その目に射すくめられたように、私は痺れすら感じるのでした。
ある夜、私は夢を見ました。
初潮を迎え、少し気が高ぶっていたのでしょうか。
水場でお炊事をしている私を、いつの間に梁から降りて来たのでしょう、あの蛇が上り框の上から、鎌首をもたげてこちらを見ています。
おなかすいたのかしら、と私は余った粥を器によそい下に置きました。
ズズッと這い音をさせ、素早くこちらに近づいてきた蛇は、粥ではなく、私の素足に巻きつきました。
恐ろしさのあまり、その場で尻餅を付く私の右足をさらに容赦無く閉めあげます。
ーーーっ!!!!
自分のくぐもった悲鳴に驚いて、私は飛び起きました。
私の様子に目を覚ました、父と祖母も側に来ていました。
ぐっしょりと寝汗をかき、喉がカラカラでしたので、お水を飲もうと布団から出た時、ヒュッと祖母の息を飲む音が聞こえました。
夢か現か。
私の足にくっきりと残る、赤い跡。
何かに締められたような、その形。
某然とする私に向けられていた祖母の目は、何故か憎悪に満ちていて、さらに私を怯えさせました。
父は混乱し震える私に水を飲ませ、しっかりと布団に包み抱きしめてくれました。
まるで赤子のように、私は父に護られ再び眠りにつきました。
震えていたのは、私だけではなかった気がしました。
蛇の燃える目、祖母の憎悪の目、それを感じる私自身の戸惑い。
十を幾つか過ぎたくらいの私にはまだ、はっきりと説明できるものではありませんでした。
いえ、今ならば分かります。
だからこそ、こうしてーーーー。
………続く
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