まず、祖母はよく鏡を覗き込むようになりました。
結紐を解き、髪を梳きます。
幾度も、幾度も。
櫛目によって艶が生まれ、白髪がまるで豊かになってきたようにすら思えました。
梁の上に絡む蛇はまだ毎夜、その目を此方に向けて居ます。
あの夜私の布団に落ちてきたのが、この蛇だとは限らないことですが、重さの消える刹那に見たあの燃える目を、いつしか探すようになっていました。
好奇心と畏怖の交じった、どこか後ろめたい感情で。
そうして幾夜も過ごしているうちにも、祖母は少しずつ変わり続けていました。
温かく節くれだっていた手は、皺が減りしなやかになりました。
曲った背はすんなりとし、白髪も減り出しました。
頬は赤みがさし、目の色が濃くなりました。
低い嗄れた声にも張りが生まれ、よく笑うようになりました。
でも、ふとした瞬間に、例えば、囲炉裏端で繕い物をしている背中や、行灯の火を吹き消すその横顔に、いつもと寸分変わらぬ祖母が重なるのです。
祖母の変化にいち早く気付いた父は気味悪がってか、あまり話をしなくなりました。そして私をとみにそばに置きたがる様になりました。
そう。
まるで何かから、私を護る様に。
私は日中、父の畑仕事を手伝う事にし、お炊事も帰ってから。
土に触れるのは心地良い事でした。
寒い時には温かく、暑い時にはひんやりと、私の手を包んでくれます。
九つとはいえ、やはりまだ子供。
疲れ切った私を、父は負ぶってくれました。父の背中は日向の匂いがし、赤銅色の耳を見ながらウトウトしていると、父は笑ってわざと走ったり跳ねたりして私をからかうのでした。
しかし日中共にいないその分、祖母の変わり様がハッキリと分かるようになりました。
ゆっくり、ゆっくり、祖母は若返ってゆきました。
……続く
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