さぁてさて、昨日の続きじゃったな。
何処まで話したか……そうそう、烏貝の北山の女神さんが、男神さんの懐に入れられたとこまでな。
ほら、ちゃんと布団は肩までかけんと。
焦らんでも、逃げやせんからの。
昔々の話じゃて。
北山の女神さんはな、そりゃあ驚いたそうな。
だってそうじゃろう?
ひんやりした明るい水の中にいたものを、目覚めた時にはあったかくて薄暗いところにおったんじゃもんな。
あたりを見回してみても何も見えず、かわりに腹に響くような大きな音がする。どんどんどんと、規則正しく。
うん、懐に入ってるからな。心の臓の音が響くんじゃ。
どんどんどん。どんどんどん。
じゃが、移動していることに気付いた北山の女神さんはな、これは大変と、出口を探した。
隙間を見つけてエイっと飛び出し、元の身体に戻ったと。
モゾモゾと懐が動き、何事かと歩みを止めた男神さんの目の前に、突然漆黒が踊った。
長く艶やかな黒髪を揺らし振り向いた北山の女神さんの美しさに、男神さんは思わず息を飲んだんだと。
無礼を詫びる男神さんに、ひっそりとした笑顔を返してな。
「いえ、あの様なところではしたなく寝入ってしまった私が悪いのです。私は北山の女神。動物たちもみな待っていることでしょう。帰していただけましょうか。」
女神さんの話が終わる前に、男神さんはヒョイとその身体を抱えてな、韋駄天の足で、もと来た途を引き返した。
どんどんどんと、さっきよりは少し離れたところで鳴る音を、女神さんは聞いた。
それは、男神さんの音か、それとも己の胸の音か、女神さんには分からなかったんだと。
どんどんどん。どんどんどんとな。
みわ、みわ。
おぉ、寝てしまったね。
今晩は冷えるから、布団は蹴ったらいかんよ。
ようおやすみなぁ………
……続く
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