其れは、見る日により、瞳の色が違いました。
初めて見た時には大層気味悪く、驚きましたが、何する訳でなくただ梁に絡みついているだけでしたので、私もじきに慣れてしまいました。
深緑の林の色。薄氷の張った池の色。
錆びた鍬の色。明け始めた空の色。
今日は、まだ渋い桑の実の色。
物言わぬ其れは、ただじっとこちらを見つめています。
黒い体は長く、行灯の灯りを時々反射して、鱗が蒼くチリリと光りました。
部屋の灯りを消さぬまま横になる私にしか、その姿は見えないようでした。
祖母はもともとあまり夜目は利かず、父は寸暇を惜しみ手を動かしています。
私が言えばきっと父は、この蛇を追い払ってくれるでしょう。
それとも、打ち殺してしまうでしょうか。
「殺しちゃなんねぇ!!」
突然、土間中に祖母の怯えた声が響きました。
見ると父は、一匹の蜘蛛を捻り潰そうとしていたところでした。
カタン、と水瓶から柄杓が落ちました。
こぼれた水が染み込んで、踏み固められた土床の色を変えていきます。
何故か、逃げまどう大量の子蜘蛛を連想して、恐ろしくなった私は頭まですっぽり布団に潜りました。
父と祖母のくぐもった声がやがて止み、ウトウトとそのまま眠りにつくような、その刹那。
ぼたり、と布団に何かの重みが落ちてきました。
ギョッとした私は布団の中で身を固くしてじっとしていました。
ズズッ…ズズッ…、と微かな音がして、足元からゆっくりと這い登り、胸元でしばらく動きを止めた其れは、来た時と同様に、突然重さを消しました。
ホオズキの様に燃える瞳が、一瞬、見えた気がしました。
布団から出る勇気もなく、そのまま朝を迎えた私が見たものは。
布団に散らばる、無数の鱗。
ーーーそれを見てからです。
祖母の様子が、変わり始めたのは。
次こそは……。
そう、祖母は呟きました。
絞りだすような声で。
聞き逃すほど、小さく。
そしてどこか、うっとりとーーー。
……続く
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