ーーーーさぁて、どこから話そうかのぅ。
婆様が、そのまた婆様から聞いた話じゃて。
昔々。
ほれ、この村が出来るよりずっとずうっと前の話。
この辺りにはな、大っきな山があったんだと。頂には雪を被るほど立派な山でな。雄々しい男神さんが住んでおった。
飛ぶ鳥もぶつかるほどの偉丈夫で、太い腕に巌を抱き、大きな足で大地をしっかり踏みしめて立っておるのよ。
その男山のすぐ南側にな、少し小さい山がまたあってな。
春になれば花の咲き乱れる華やかな女山じゃ。
住んでおる女神さんも大層美しくてなぁ、そこに生きる動物たちもそれはそれは誇らしそうであった。
それとは別に、北の方にな、そうじゃな……十里は離れてようか。低いがなだらかな女山があった。
南の女山とは違って華やかさはないが、長く裳裾を延ばしたように広がっておってな、小さな動物たちにも懐の深い穏やかな山じゃった。
ここには黒髪の美しい凛とした静けさをもった女神さんがすんでおったと。
裳裾に見えるのは、低木の群で、その林を縫うように穏やかな川が流れておった。
ある日、北山の女神さんは烏貝に姿を変えて、川の畔で休んでおったんじゃと。
雪解け水が流れこみ、生命力に満ちる、春先のことよ。
いつしかウトウトとし始めた。
半身をこう、水に晒してな。
濡れた烏貝の表面が、女神さんの髪の様に艶めいて見えた。
運命っていうもんは、時々、ひどい悪戯をするもんじゃ。
そこを男神さんが通りがかった。
春を寿ぐ御酒を聞こし召して、何時もより上機嫌な男神さんが、輝く烏貝に目を留めたのは、詮無いこと。
ふいっと懐に入れて、山に持ち帰ってしまったんじゃとなーーーー
おぉ、もう眠くなったか?
そしたら続きはまた明日にしよか。
暗くなったら眠らにゃいかんよ。目ぇしっかり閉じてな。
うん。
みわは聡い子じゃ、婆様の言う事ちゃぁんと分かっとる。
おやすみなぁ………
……続く
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