鳥獣奇譚  ぬばたまの 1



薄い布団の上からもはっきりと伝わる手の熱に、幼い私は心地よく微睡んだものでした。

薄目を開けて辺りを窺えば、ほどけた白髪が一筋。

昔語りをする祖母の低い声が、寝ている私の腹のあたりに置かれた温い手を通して、直に体内に響いてくるようでした。

「蛇はな、おっかねぇ。決して悪戯してはなんねぇど。水神様の御使いだでな、大事にせにゃならん。」

水神様、と聞いて私は、村はずれの堤にある祠を思い出していました。

仲良しの美雪ちゃんと、こっそり覗いたあの、祠です。

中には煤けた鏡が。

何も映すことなくひっそりと鎮座していました。

あそこにも蛇さんは居たのだろうか…。

眠りに落ちる前のとろりとした意識の中。

祠から這い出した蛇は、草むらを滑りながら肥大し、蒼黒い背はいつしか水面になり、伸びやかな川に姿を変えるのでした。

あぁ……眩しい……。

雨の日は、雨の話を。

風の日は、風の話を。

そうやって、私は毎日祖母と寝ていました。

祖母が祖母でなくなる、あの日まで。

母はいません。

一度だけ、母恋しさに寝ぐずった夜がありました。

祖母は何故が一方を睨み付け、水神様に連れて行かれた、と一言吐き捨てました。

いつもの祖母ではない気がして、それきり私は母の事を尋ねるのを止めました。

怖い、と思いました。

今思えば、ただの子供の臆病だと懐かしめるのですが、片親の淋しさからか、あの頃の私は多感で夢見がちだったのでしょう。

なんの気無しにいつも出入りしている納戸の、隅にある闇に初めて気付いてしまったような、そんな空恐ろしさが幼い私を苛むのでした。

祖母の様子が少しずつ変わってきたのは確か、私が九つになる年の事です。

雨の多い年でした。

寒い寒い夏が終わり、実りの少ない秋への不安からか、普段よりもずっと無口になった父の疲れた姿に、私はある事を言い出せずにいました。

天井の梁に絡む、蒼黒いーーー。



……続く

夜半の月

書くことの衝動に翻弄される、こっつんの小説サイトです。

0コメント

  • 1000 / 1000