鳥獣奇譚  うぐいす 10(最終話)



特に冷え込んだその日の朝、庭にはうっすらと雪が積もっていた。

今日は妙が祝言の打ち合わせに来る日だが、この雪で往生し、先延ばしになるが良い。基之進はそう望んだ。

しかし妙は来た。

挙げ句、基之進の鶯を見せろと言う。

「基之進様が大層ご執心と聞き及びましたゆえ。ぜひ妙にもその声をお聞かせくださいませ。」

わざとらしくしなを作り、鳥籠に手を伸ばす妙。

寸とも鳴かず、うぐいすは妙をじっと見た。

「おや、私が気に食わぬ様子。流石にしのの名に相応しい不躾さですこと!」

妙は乱暴に鳥籠を揺すった。

「妙、止めておくれ!」

慌てて止めに入る基之進の様子に、妙はいきり立った。

「何ですの!たかが鶯のくせに!」

腹立ち紛れに妙は鳥籠を掴むと、庭の梅の木に叩きつけた。

「ふん。良い気味ですわ。基之進様もこれでお目が覚めるでしょう。」

言い捨てて妙は部屋を出て行った。

基之進は足袋のまま、ぐずぐずと溶け出した雪の庭に降り、無惨にも壊れた鳥籠を抱いた。

「しの!」

しかし、中に鶯はおらず。

替わりに、鶯色の簪が――カシャリと微かな音を立てた。



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雪化粧に様子を変えた庭が騒がしくなりました。

急ぎ駆けつけてくれたお産婆の、叱咤の声が響いております。

極端に体力の落ちたしのにとって、お産は正に命がけでございましょう。

何度も気を失いかけ、それでも、母の本能でしょうか、懸命に歯を食いしばるのでした。

永遠にも感じられるような時が半刻、また半刻と過ぎて、漸く産声が聞こえてまいりました。

疲れ果てたしのは、意識を失うように白い顔をして眠りにつきました。



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12月30日。

大晦日の買い出しに美雪は車を走らせていた。

この朝珍しく雪が降り、あちこちで渋滞ができている。

流れの良い道を選びながら、美雪はハンドルを握る自分の指に煌めくリングを見て微笑んだ。

陽に透かし輝きを確かめていた美雪は、スリップして来る対向車のトラックに気付くのが遅れた。

半ば正面衝突の様相で、路面に投げ出された美雪はすでに動かない。

野次馬や警察車両でごった返す中、どこかで遠くうぐいすの鳴き声が響く。


ぐずぐずと溶け出した雪に広がる美雪の赤い血に、どこからか、しんしんと降るように、梅の花びらが舞い降りた。



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一昼夜、眠り続けたしのは、ゆっくりと目を覚ましました。

喜色を浮かべ覗き込む両親ににっこりと微笑むと、隣に眠る我が子に、

「美雪。」と呼びかける。

「おや、もう名前を決めておしまいかい?私たちに考えさせてもくれないとは。」

と、それでも喜びを隠しきれないしのの父親は、珠のような赤子を眺めた。

「美雪…」

そう再び呟くと、しのはまどろみの淵に沈んでいった。





夜半の月

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