基之進は、自室に籠を用意させ、そこに鶯を入れた。
「しの。」
と呼ぶ。
「チ…」
と応える。
時には庭に放してやり、梅の枝で遊ばせたりもしたが、塀の上を鳶が旋回しているのを見て、襲われては大変と、それ以来外には出さないようにしてしまった。
「しの。」
と呼ぶ。
「チ…」
と応える。
ある時は、その美しく緑の羽根を基之進が優しく撫で、鶯の目をうっとりと閉じさせる。
またある時は、基之進の肩に乗り、鶯はその耳を軽く啄み、小さな頭を頬にこすりつけた。
春を告げるはずの鶯は、春を過ぎてもなお一層鮮やかな羽根をして、基之進に愛しく捕らえられたまま、優しく鳴き続けるのであった。
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そろそろ産み月が近付いて来たのか、師走に入ってから、しのが時折痛みを訴えるようになってまいりました。
母は、強いと申します。
我が子を抱けばしのも正気にもどるかもしれない。
両親は一縷の望みを抱きこれからも、この可哀想な娘を支える決意を新たにするのでありました。
日暮れも随分と早くなり、夜にはかなり冷え込みます。
いつお産が始まるか分かりませんので、しのの母はしのの横に布団を延べ、付き添うことにしました。
しのがこんな様子でなければ、母娘、床を並べて眠ることなどそうそうないに違いありません。
母は、すっかり細くなってしまった娘の手をそっと取り温めました。
その時、眠っていたしのでしたが、腹が痛むのか、苦しそうに眉根を寄せてうっすらと目を開きました。
母に握られた自分の手を見てしのは、
「…母さま…」
と一筋の涙を落としました。
しかし痛みが退いたのか、またすぐに茫洋とした目に戻ってしまいました。
母はこらえていた涙を溢れさせ娘を掻き抱きました。
なぜこの娘だけがこの様な目に合わなければならいのか!
神も仏もおらなんだ!
悔しくて悲しくて、歯噛みする母の背を、虚ろな瞳のまま、しのがそっと撫でます。
いつもより早い雪の気配を孕み、静かな夜は更けてゆきました。
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12月23日。
明日はクリスマスイブだというのに、修也と美雪はいまだギクシャクしたままだった。
康子は気を揉んで、修也に詰め寄った。
「いつまで意地張ってるつもり?まさかあれからずっとこの状態じゃないでしょうね!」
……続く
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