鳥獣奇譚  うぐいす 6



基之進の屋敷の門前にきらびやかな輿が着いた。

側女に手を引かれ輿の中から出てきたのは、許嫁の妙である。

家禄の釣り合う家同士と、親の決めた許嫁ではあったが、実のところ基之進にはこの妙が苦手ではあった。

見目はそう悪くないのだが、気が強く我が儘だ。豪奢を好むのだろう、いつも美しく着飾っている。

対座していると、だんだん疲れてくるような感じがする基之進であった。

基之進の母、お葉とはそれでも気が合うらしく、良く楽しげに話をしている。

お葉が席を外した後、じっとこちらを見つめた妙は基之進に言った。

「これから祝言をあげようという時期に、基之進様は少々お遊びが過ぎるのではないですか?」

はて、何の事かと訝しんだが、すぐにしのの事だと思い当たった。

お葉が告げたのであろうが、妙の口からその話が出ようとは…基之進は空恐ろしい思いで、妙のよく動く赤い唇を見やった。

「どのようなはしたない手で、基之進様を誘惑されたのか解りませんが、おしのさんにはお暇を取って頂きました。」

当然で御座いましょう?と勝ち誇った顔の妙から、思わず目を逸らした基之進であった。

妙が去った後、基之進は一人自室で庭を眺めていた。

長閑な鶯の鳴き声がして、基之進は目を閉じた。

もう、この屋敷にしのはいない。

あの笑顔にもう会えない。

しかし女達に逆らってまで、連れ戻す勇気も、持てない。

大身の元に生まれた己が身を始めてもどかしく思う基之進であった。

細く高く鶯が鳴く。

「基之進様。」

と、小さく呼ぶ、しのの声が重なったような気がした。

「しの。」

基之進は梅の木に手を伸ばす。

チ…と一鳴きして、鶯はふんわりとその掌に収まった。



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しのの腹の膨らみが隠しきれなくなってきた、長月。

夏の盛りが終わり秋の気配が濃くなってもなお、梅はまだ、淡い花弁を保っております。

しのはあれからもずっと、彼方の人のままでありました。

身体はどんどんやせ細り、腹だけがやけに目立ちます。

ふふ…と笑んでは何かに手を差し伸べると、急にパタンと力をなく腕を下ろし、小さくつぶやきます。

それが、『基之進様…』とはっきりと聞き取れた時、両親は全てを悟ったのでした。

しのが肌身離さず持っている、鶯色の簪だけが、無理やり慰みものにされた訳ではないと、両親が信じる総てでありました。



……続く

夜半の月

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