「今なんと申されました?…奉公の娘を嫁になどと。そのような戯れ言が許される筈が御座いません。母は嘆かわしゅうございます!」
今までは、大抵のことは許されてきた。だから今回のこともなんとか手を尽くし叶えて貰える望みだと思っていたのだ。
なのにあの母の怒り様はどうだ。
あれ以来、しのは基之進の側に仕えることがなくなってしまった。
基之進は脇息にもたれ、溜め息をついた。
確かに許嫁はいるがまだ祝言は上げていないし、正妻ではなくとも側に置くことできるだろうに。
しのは、美しい。
それでいて、たおやかで心根の優しい娘だ。
奉公が終われば、他の男に嫁すのだろう。そんなのは我慢できなかった。
半ば無理やり抱いた後であったが、想いは通じ合っていたはすだ。
庭に目を転じると、幾分蕾を膨らませた梅の木が見えた。
しのは梅の木が、好きだと言った。
「実家にも、あるのです。姿が似ているような気がして。」
珍しくぼんやりと庭を眺めるしのを、訝しく思った基之進に、しのはふわりと笑ってそう言ったのだった。
まるで花の蕾が綻ぶような美しい笑顔だった。
基之進は、しのこそが梅のようだ、と思ったのだ。
だから、梅に遊ぶ鶯の色をした、簪を贈った。
白い額、漆黒の髪に良く映えた。
片時も離さず付けているようだったが、閨の中でだけそれは外される。
その様はまるで美しい花を磔ているようで、基之進の独占欲を充分に満たすのであった。
嫁に、と望んだのは自分だ。いつまでも手元に置きたい女だと、そう思ったから。
今、しのは心細くしてはいないだろうか。
会いたい。
いや、しかし…
基之進は立ち上がりかけたが、母の釣り上がった眉を思い出し、また、座り直したのであった。
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「美雪!美雪!」
強く体を揺すられ、美雪は驚いた。腕に食い込む康子の指が痛い。
「え?なによー、急に!康子酔っちゃったんじゃない?」
「なによー、じゃないよ!美雪大丈夫?」
「大丈夫も何も、まだ一杯しか飲んでないし。」
「…今の、覚えてないの?」
「覚えてるよ?夢の話してたんだよね?」
「………」
康子はなんだか変な顔をしている。
「修也に迎えにきてもらおう。」
まだ、飲み足りないよー、とわざとらしく嘆く美雪を無視して、康子は携帯を取り出すと修也に電話をかけ始めた。
……続く
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