「でね、しのはお殿様みたいな人の家に住み込みで働いてるの。お殿様だよ、うん。羽織り袴っていうのかな、あれ。で、そのお殿様の息子としのがなんかいい感じなんだぁ。」
「いい感じって、恋人みたいな?」
「うん。見たこともない人なんだけど、夢から覚めた後、本当に幸せな気持ちになってたりする。」
「えー、それ修也に悪いし。」
「あはは!うん、でもね、ちょっとそれあるかも。こっそり比べたりしてるし…。」
そこで美雪は、気まずさにを飲み込むかのようにビールをあおった。
「修也、心配してるよ?最近美雪が元気ないって。夢の話はしてるの?」
「してないよ。笑われるのが目に見えてるもん。これでも悩んで、康子には言えるかなって。」
「うん…わかった。まだ話途中だね。それからどうなったの?」
「彼はね、基之進様って言うの。おっとりしてるけど優しくて、その…抱くときも…優しいし……。いっぱい愛しいって言ってくれた。いつかお嫁さんにしてくれるって私に綺麗な簪をくれたんだよ。淡い黄緑色の。ハハ、なんか照れるね、夢なのに。」
呆れながらも康子は先を促す。
「基之進様のお母さん、お葉様って言うんだけど、私たちのことは良く思ってなくてね、事あることにしのは、辛く当たられてさ。あげくに、基之進様には親が決めた許嫁がいてね。これがまたお金持ちなのを鼻にかけたヤなやつなんだよー。」
「ふうん、しのは苛められてるの?美雪、ドラマの見過ぎだって。」
「本当、ドラマよぅ。これが修也のお母さんだったら、絶対別れてると思う。陰湿なんだよね、とにかく。」
二人のグラスはすでに空だ。
メニューを見てから、結局はビールを選んだ。
「でもまぁ、毎日同じ話ってのは不思議な話だよね。しかも破綻なくストーリーは続くと。」
「最近ではさぁ、むしろ続きが見たいって思うようになってきたの。しのが、本当に自分みたいに思えてきてさ、切ないんだよ。私だって…わかってる…そう、わかっているのです。基之進様は家督をお継ぎになるお方。私などが添えるはずもないことなど…。」
康子は途中から美雪の口調が変わっていることに気付いて、ゾッとした。
慌てて美雪を見ればとろんとした目をしている。
焦点が合っていない…?
「美雪!?ちょっと!しっかりしなさいよ!!」
美雪の腕を掴む康子の指は、少し震えていた。
……続く
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