しのが病にかかったと、奉公先から帰されて来たのは、それから三月ほど後のことでした。
両親は、熱はないか咳は出ないかと、大層心配して、お医者を頼んだのですが、そのお医者の見立てでは、どうやら身ごもっているらしいのです。
とにかく安静に、というお医者の言葉に従い、両親は娘を寝所に寝かせて過ごしました。
日常の動きにはほとんど支障はありませんが、しのの顔には生気がなく、元々白い肌をさらに青くさせ、虚ろな目をしておりました。
何があったか問い詰めようにも、本人は心ここにあらず。
奉公先で主のお手が付くことは、この時代、よくあること。しかしまさか自分たちの娘がこんな目に合おうとは…両親は悔やんでも悔やみきれず、ただ涙を流すのでした。
しのの様子がおかしいと、おずおずと進言してきたのは、女中頭でした。
ぼんやりと遠くを見ていたしのが、時々ふんわりと笑うと言うのです。
「それはもう、花の蕾が綻ぶような美しい笑顔で。」
女中頭は怯えたように言うのでした。
日を追う毎に、しのはよく笑うようになり、時折小鳥のさえずるような、歌声すら聞かれるようになりました。
目はしかし、うっとりと彼方を見つめたまま。
涙に滲んだ母の目にも、それはそれは幸せそうに、見えるのでした。
それともう一つ。
しのがあの朝見つけた梅の花は、不思議なことにまだ咲いたままでありました。
散らずの梅、と家の者達は呼んでおります。
花を見ては、しのを思い出していた両親は、今もなお、しのの回復を切ない思いで祈るのでした。
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「変な夢を見る?」
同僚かつ親友の康子に思い切って打ち明けたのは昨日の夜。
詳しく聞こうじゃないかと、連れてこられた居酒屋で、美雪はポツポツと話だした。
「最初はね、なんかあんまり覚えてなくて、なんか着物だなとか時代劇みたいだなとか、そんな位だったんだけど。」
毎日見るのだ、と美雪は眉を下げた。
テレビの企画で良くあるような、霊感的なものは、美雪は一切信じていない。
でも、だんだん気持ち悪くなって来て、ちょっと愚痴りたくなったのだと。
「具体的に話せる?どんな内容か。朝まで付き合ったげるからさ。」
康子に励まされ、美雪は昨日までの夢を語ることにした。
「何かね、夢の中の私は、しのって言う女の子なの。着物着てて、髪をこう、結ってるような。」
……続く
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