鳥獣奇譚  うぐいす 2



朝起きると、しのは庭に行きました。

昨夜の梅の木を見る為です。

そっと枝に触れるしのの指は、早朝の風に冷えほんのり赤らんでおります。

外気の冷たさに比べると木肌は暖かくすら感じられ、枯れているような様子でも命の息遣いが聞こえる心持ちがします。

しかし、枝は枝。

昨夜のような光りは灯っておりませんでした。

この枝を部屋に持ち飾りたい、と思うほど気になるしのでしたが、しかしそうなるとどうしても、生木を手折ることになります。

この梅は、しのが産まれたその年に父が方々探して手に入れてくれた、祝いの木。

心優しいしのには、こうしてそっと触れるくらいが精一杯なのでした。

しのは間もなく家を出ます。

お武家様のお屋敷へ奉公に行くのです。

佳きところへ嫁す為めの花嫁修行、とでも申しましょうか。

しのとて、年若い娘。

外の世界に心躍らない訳ではありませんが、やはり暖かい実家を離れるのは寂しくもあります。

それからは毎日幾たびも、庭の梅の木の下にしのの姿が見られるようになりました。



*****************************************



美雪がハッと目を覚ましたのは、タクシーの中だった。

同僚の康子が同じ様に隣で眠りこんでいる。

そうだ…忘年会の帰りだった…。

部署のメンバーで飲むのは本当に久しぶりだったし、楽しくてついハイペースでグラスを空けてしまった。

最後にはカラオケに行って…そうそう、課長のあの壊れっぷりは面白かった。由美なんて抱きつかれてたけど大丈夫だったかしら…

クス、と思い出し笑いをしかけたが、さっき目覚めた時から何か引っかかりを感じていることに気が付いた。

しかし、暖かい車内と微かな振動。気の置けない康子の寝息がまた、美雪の眠りを誘う。

あー…、何だっけ…

ゆっくりと美雪のまぶたは閉じていった―――


*****************************************


新しい年が明けて、しのが奉公へ行くその日。

朝起きたしのは梅の木の下に行くと、息を飲みました。

何と花が、梅の花が咲いているではありませんか。

それも、あの夜光の灯ったあの一枝だけに、小振りな花を幾つも、幾つも。

急いで両親に知らせに行くと、これは吉兆とばかりに、父は喜びました。

「お前がしっかりお務めを果たせるよう、私たちはこの梅に祈っていよう。」

父はそう言って、しのを優しく見詰めました。

春とは名ばかりの、大層寒い朝のことでありました。



……続く

夜半の月

書くことの衝動に翻弄される、こっつんの小説サイトです。

0コメント

  • 1000 / 1000