朴念仁の振りをして、言葉少なにうつむけば、周りからは女たちの甘いため息が聞こえる。
黙っていても、愛され、供され、尽くされて。
ずるい人。
貴方はなんてずるい人。
軽い煙管の音に振り返った私を、貴方の手が招いた。
黒地のたっぷりとした着物の袖から覗く白い手に、するすると私は吸い込まれて簡単にその腕に収まる。
そっと弧を描く口元を見上げても、貴方は本当には私を見ない。
その深い色の瞳に映るのは、何もない。
「お前が望むようにしたら良い。」
誰にでもそう言って、貴方はただ、待っている。
役者なんぞに捕まるなんて。
私の様なただの町娘にそんな出来事が起こり得るとは想像もしなかった。
美しい顔を黒髪に隠し気味にし、控えめに私を呼ぶ貴方に。
もうずいぶんと長い間、私は囚われている。
舞台の上ではずいぶんと華やかな貴方は、舞台を降りると急に寡黙になる。
朴訥とした声が耳に甘く、自分だけがそんな貴方を知っているようで、特別な気持ちになる。
けれど、それは私だけに向けられるものではないことも、知ってはいるのだ。
この美しい人を私が手に入れることはできない。
それでもいいと、ほんとうに思う。
繊細に張り巡らされた糸の中央に貴方は居る。
ただ、じっと。
望んでくれない、求めてくれないもどかしさに、女たちは身をよじり自ずから貴方の糸に巻き込まれていく。
それですら貴方の糸に掛れたと、喜び悶えてますますきつく雁字搦めになってから。
ようやく貴方の牙がこの体に向かってくれるのだ。
たとえ大勢のうちの一個だとしてもかまわない。
こんな醜い私でも、貴方の中に入り、貴方を形作る一つになれるのならば。
ああ、早く食べてほしい。
これ以上の官能を私は知らない。
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