掌編  蜜柑



「寒い寒い寒い寒いっ!」

部屋に入ってくるなりそう叫んで、うっすらと雪の積もったコートも脱がずにみっちゃんは炬燵に肩まで潜り込んだ。

「ちょっと!みっちゃん!!」

「なぁに、よっちゃん・・・。」

「なぁに、じゃないよ。コート位脱いでよ。部屋の中まで濡れちゃうじゃん!」

大丈夫、きっと加湿器代わりになるから!なんて小憎らしいことを言う私のこの友人は、もともと中学の同級生で、なんだかんだ言いつつもお互いこうして二十代も後半になるというのに、縁の切れない仲間の一人だ。

みっちゃん、よっちゃん、と前時代的なあだ名で呼び合い、お互いのアパートを泊まり歩いたり、一本のペットボトルをシェアしたり、同じ炬燵に足を突っ込むくらいは、親密である。

最近この友人は、私が長い間欲しくて欲しくて堪らなかったものを、手に入れた。

そのことを、恨むつもりはない。

選ばれなかったのは私なのだ、彼女が悪いわけではない。

・・・いや、うそ。恨むかもしれない。

だって、欲しかったのだ。

ずっと、私はひたすらに彼だけ追いかけていたのだから。

「あー寒かったー、なんでこんなに急に降ってくんの?頭おかしいんじゃないの、バカ天気。」

気象にバカもなにもあるか!といまだぶつぶつ言う友人に突っ込みながら、しみじみと彼女を眺める。

美容院に行くのをサボっているのか、髪の根元は大分黒いし。

爪だって、ただ切ってるだけで何も塗ったり手入れしてる様子もないし。

前髪に隠れるからって、眉毛描くのはサボってるし、時々服は反対に着るし、靴下もすぐ穴をあける。

流行のドラマも抑えてないし、最新のヒットチャートもチェックしてない。

それだけじゃない。

熱唱の鼻歌、とか人のアパートのお風呂でホントやめてほしい。

歯磨き粉忘れたから塩ちょうだい、とか意味わかんない。

外で歩きながら本読まないでほしい。

・・・あーなんかだんだん腹立ってきた。

いったい彼は。

こんな、蜜柑の房を三つも四つも繋げたまま一気に口に入れるやつの、どこが良かったんだろうか。

丸めたティッシュをゴミ箱に放って、よっしゃ!!って、いやいや、入ってないですよね?

炬燵に潜るな!

で、私のいるところからわざわざ出てくるな!

もう・・・ほんと、なんだろこの人。

正方形の炬燵の一辺に、いい年の女が二人ぎゅうぎゅうしながら入っている。

隣の友人は蜜柑のいい匂いをさせて、だらけた顔で笑っている。

ようやく温まってきたらしい。

彼はいつだか婚約者の親友である私にこう言った。

「いつも鼻歌歌ってるような顔して、アイツが家で待っててくれたら、俺はたぶん凄く嬉しい。」




その時の彼だって十分鼻歌歌ってるみたいな顔だったってことは、意地でも教えてやらないことにする。

夜半の月

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