君が行く道の長路を繰りたたね焼き亡ぼさむ天の火もがも
(万葉集 巻15・3724 茅上娘子)
今、私たちは別れを迎えようとしている。
深く、深く、愛し合っているはずなのに別れなくてはならないなんて、こんな不条理なことがこの世にあろうか。
たとえば、私たちが10代と若く、両親の反対にあって仲を引き裂かれようとしているのならば。きっとあなたは「親を説得しよう」とか甘っちょろいことを言うんだろう。家出して私も働くから!なんて思い詰める私を抱きしめながら。
たとえば、あなたが転勤で、遠距離恋愛になってしまうのならば、私は仕事を辞めてあなたについていくことだってできる。あなたは優しく微笑んで、結婚しようときっと言ってくれるに違いない。
たとえば、あなたがすでに誰かと結婚していて、道ならぬ恋を私としているというならば、私はきっとあなたを責めずに、待つだろう。あなたの言葉だけを信じて、ずっとずっと待っていることができる。
たとえば、あなたが悪いことしちゃって、罪を償っている間だって、私だけはあなたの味方でいれるのに。
たとえばあなたが、たとえばあなたが。
こうしてどんなに二人を引き裂く過酷な状況を想像してみても、きっと私たちなら乗り越えていけるって思ってしまう。それほどに、深く愛し合っているというのに。
私から、あなたが離れて行ってしまう。どうしても納得できない、許せない。
これからあなたの行く道を、手繰り寄せて、折りたたんで、焼き尽くしてしまいたい。
あなたがどこへも行かないように。
窓の外からは何か分からない鳥の鳴き声がする。季節は冬、もしかしたら白鳥かもしれない。
でも白鳥ってあんなに苦しそうに鳴くものだったろうか。
風だってきっと強いに違いない。
冷たい空に舞い上がって、白鳥は何を探しているのだろう。何を呼んでいるのだろう。
白い部屋と白い人達、どんどん静かになっていく電子音に、私は何もできずにただ立ち尽くす。
あなたの生年月日も銀行カードの暗証番号もケータイ番号も正確に言える。身長も靴のサイズも、会社の住所だってちゃんと覚えているのに。
あなたの眠った顔だけが、どうしても思い出せないでいる。
あなたがたった1人行く、死出の道を燃やしてしまえたら、あなたはまだ私の隣で笑って居てくれただろうか。
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