『俺の主の、息子の話しさ。』
「ではあの使者様は……私の……お祖父様?」
「………さぁな。」
混乱する菱雨の髪に、男は白い指を絡め強く引きました。
「……俺も雷に撃たれるか。」
男の腕の中で、菱雨の水晶の瞳が揺れています。
その瞳を男は熱く鋭い目で捉えながら、何度もサイカチの棘で血を抜いた、菱雨のその指先に男は唇を寄せました。
恋とはまことに恐ろしいもの。
全てを掬い、そして叩きつける。
砕けるのは身か、心か。
せめて最期は清浄な砂塵となって、風に舞うといい。
男の熱に耐えかねた様に、菱雨は、目を閉じました。
キー、パタン
キー、パタン…パタン
菱雨は機を織ります。
ともすれば手が止まりがちになるのを、老女が見逃すはずもありません。
老女が菱雨の部屋にきました。
「どうしたのだ?菱雨。最近は食事もあまり進まぬ様子。それにお前の部屋に夜な夜な出入りする、あの鵲はなんだい?餌付けでもしてるようだね。」
男の姿を、老女は見ていません。
孤独の癒しに、鳥を愛でているのだと思っているのです。
部屋に残る、白と黒の羽根を見て、老女は鼻を鳴らしました。
菱雨は、言葉に詰まりました。
本当の事など、口が裂けても言えるはずがありません。
「ふん……まぁ、いいだろう。またもう少ししたら、染めの時期に入る。お前の血がたくさん出るように、食事はしっかりと取りなさい。そうだ。あの使者様に、何か滋養のあるものでも頼もうかねぇ。」
そう言って、老女は菱雨の部屋から出て行きました。
菱雨の体調が優れないと連絡がきた老使者は、数日もしないうちに、たくさんの魚を持って御機殿にやってきました。
「菱雨や、少し痩せたのではないか。お前の体が心配でいても立ってもいられなかったのだ。今日は魚を持ってきたから、たくさん食べなさい。」
菱雨は平伏しながらも、この方がもしかしたら祖父かもしれない、と思うと、不思議に温かい心地がするのでした。
菱雨は顔をあげ、しっかりと、老使者を見ました。
父を知らずに育った菱雨は、老使者の顔にその面影を探します。
老いてなお優しい笑顔で、老使者は菱雨を見つめていました。
月が少しずつ膨らみを増し、また菱雨の血で、糸を染める日が近づいてきました。
「まさかあの美しい緋色の布が、お前の血で染めた糸で織られているとは、よもや誰も気づくまい。」
男は菱雨の指を愛しい様子で握り口元に持っていきました。
「この指に、棘を刺し……」
「!!!」
突然の鋭い痛みに、菱雨の身体が飛び上がりました。
見ると指先に血がにじんでいます。
男が噛んだのでした。
「ハハ、棘より痛いか。」
眩暈のするような甘い痛みに、菱雨の呼吸は苦しくなるのでした。
…………続く
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