鳥獣奇譚 天蛾 8


時を同じくして、菱雨の身の回りにもう一つ変わったことがおきました。

お后の使い、あの老使者が、よく菱雨に会いにくるようになったのです。

時に季節の果物や野菜を持って。

「使者様は菱雨が気に入ったようだねぇ。」

と、運ばれてくる食料にニンマリしながら老女は言いました。

「しかし、妙なものだね。貢ぎ物ならもう少し色気のある物を持ってくるものだが…。」

確かにそうでした。

老使者の菱雨を見る目は、嫌らしいそれとは思えないものでした。

そして決まって帰り際、こう言うのです。

「どうか、健やかに……。」

老使者が来る時は決まって鵲も付いて来ます。

ジッと監視するかのように、庭木に止まり菱雨を見ています。

老使者が菱雨を訪ねたその夜は、必ずと言っていいほど、鵲が姿を現しました。

菱雨が、鵲の男に心惹かれて行くのを、誰も止められなかったでしょう。

憂いの溜息は、睡眠を削り仕事を遅らせました。

織女は恋を知ると光を失う

もちろん、忘れたことはありません。

けれど、焦げる想いで失う光ならば、それすら愛しいと、菱雨はいつしか思うようになっていきました。

蜜柑が手に入ったと、嬉しそうに老使者が御機殿を訪れた、ある日の夜。

菱雨の部屋にも、蜜柑の爽やかな香りが漂っていました。

そんな中。

襟を寛げた男が、菱雨の髪を梳きながら話し出しました。

「寝物語に面白い話をしてやろう。」

「面白い話ですか?」

「そうだ、哀れな男の話をな。」

ーーーーー神の衣を織る女と言うのは、神の一夜妻を務めるものだ。

ちょうどお前たちが、殿上人の衣を織る様に、昔は選ばれた乙女が神の衣を織った。

この、御機殿での話だ。

一人の美しい乙女に、惚れた男が居た。

絹糸を染める染工の若い男だ。そして乙女もそれに応えた。

ここに居ては、決して結ばれることはない。

二人はあれこれと手を尽くし、二人に同情した他の乙女達の手伝いもあって、ここから、何とか逃げ出したのだ。

二人は長い旅の末、乙女の生まれた村へ戻った。村長はもう既に死んで、戻ってきた乙女が表立って咎められることはなかった。

しかし、古のおきて通り、乙女は目がほとんど見えなくなっていった。

それでも、愛し合う二人は子を成した。

男と女を一人ずつ。

後に生まれた女の子が二つになった年。

うまく逃げ出したはずの二人だが、神の乙女を汚し連れ出した男は許されることはなかった。

村を大雨が襲い、男は雷に撃たれて死んだ。

雷は、神鳴り。神の怒りだ。

菱雨は、途中から震えが止まりませんでした。

まさか…まさかその話は!

そんな菱雨に自嘲気味な顔を作り、男はそばにある蜜柑を片手で放り投げた。

べシャリと嫌な音がして、落ち潰れた蜜柑が強い芳香を放つ。

「俺の主の、息子の話さ。」




…………続く

夜半の月

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