鵲はそれから五日と開けず、菱雨の元へ行きました。
その度に怖い思いをして、菱雨は少しずつ憔悴していきました。
いっそ、水晶を手放してしまおうか。
老女には失くしたと言えば、一時の叱責で終わるだろうか。
それとも、無礼者と追い出されるのだろうか。
悩み揺れながらも、菱雨は毎日機を織りました。
久々に多くの血を使い、その後の静養に入ったある満月の夜。
その羽と同じ色の夜にしか、男に変化できない鵲は、明るすぎる月夜には、姿を現しません。
いつもならそんな夜は大人しく、老使者の厩の屋根裏で眠るはずの鵲が、今日は御機殿の庭木の枝に止まっていました。
獣らしく、菱雨の血の匂いに惹かれて、鵲はそこにいました。
血の匂い。
すなわち弱った獲物の匂い。
鵲の姿のままトンと回廊に降り立ち、菱雨の部屋へ。
寝台に身を横たえる菱雨の胸元に乗り、その白い首に鵲は爪を当てました。
その時、菱雨が薄っすらと目を開けました。
ハッと驚くも、疲れ果てた身体が思うように動きません。
しかし、至近距離にある、黒い鳥の瞳には見覚えがありました。
「あなたは……カササギでしたか。…水晶を奪いに来たのね。」
菱雨の乾いた声に、鵲はジッと耳を澄ますかのように爪を収めました。
開けた目を再び閉じた菱雨の青い顔を、鵲は美しいと思いました。
「良いのです。私はもう疲れてしまった。このままその爪で、私を殺して、そして水晶を持って行けば良いわ。」
そう言い放ち沈むように混沌とした眠りに落ち行く菱雨を、鵲はその黒い目でジッと見ていました。
それからどれほどの時間が経ったのでしょうか。
菱雨が目覚めた時、鵲の姿はなく、その代わりに、開けっ放しの明かり取りから、明けはじめた東の空に一筋の緋色の雲が漂っているのが見えました。
月の力が弱まってきた頃、男はやって来ました。
菱雨はもう驚きません。
寝台から降り、香木の入った袋を、す、と前に出しました。
「さぁ、持っておいきなさい。」
どこか諦めたような、その眼差し。
しかし、男は水晶を手に取りませんでした。
「気が変わった。もっと欲しい物を見つけたんでな。」
「もっと欲しい物?……ではもう…」
「そうだ。水晶よりも輝く、お前の、その、目を、寄越せ。」
短く区切るように、響く低い声で囁かれ、一瞬でも喜色を取り戻した菱雨の顔がまた諦めに沈んで行きました。
ぐっと袷を掴まれ顔が近づきます。
「目だ。」
「……目を、と言うと……やはり私を殺しますか?」
胸ぐらを掴まれた格好のまま、震える声で菱雨は尋ねました。
少しの沈黙の後、男は歪んだ笑いを菱雨に投げ、言いました。
「お前のその目は、もう俺の物だ。俺だけを写せ。」
意味も分からず、戸惑う菱雨の唇を、男の唇が掠めました。
もう一度ニヤリと笑うと、ドンと菱雨を寝台に突き飛ばし、男は去って行きました。
落ちていた香袋を震える手に取ると、菱雨はその匂いを吸い込みました。
どうして良いか、分からないのです。
バサリ、バサリと羽音が響き、夜は深さを増していきました。
………続く
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