后の使者は、大層老いた男でした。
いつも、共の様に鵲を連れて居ます。
鵲は、その昔。
可哀想な織姫と牽牛の、それを隔てる天の川に渡す橋となり、逢瀬を叶えたと言われています。
そのことから、特別な鳥と人々に思われていました。
使者が御機殿の者と話す間は、近くの木の枝に止まり、じっと待っているかの様。
糸の仕上がりを三日後に約束し使者が帰れば、鵲は高く頭上を旋回し、その後を付いて行きました。
約束の日。
鵲を連れ再び訪れた老使者が、糸の出来を確かめます。
始めて緋糸を見た老使者は、酷く感じ入った様子でありました。
「よもやここまでのものとは…………」
震える指を緋糸の乗った盆に伸ばし、途中でピタリと止めました。
「いえ……私などが触れてよいものではありませんな。」
そう言って、盆を膝元に引き寄せ恭しい手付きで匣に入れました。
ぴったりと蓋を閉めながら、老使者は尋ねます。
「これの染料は何をお使いか。」
対応に出ていた老女と染工頭は一瞬目を合わせ、平伏して答えました。
「特別な染料、とだけ申し上げておきます。一人の女が丹精を込めて拵えております。その他はどうぞ、お許しください。」
「………分かりました。それではそのように后様にお伝えしましょう。」
それからまた、一月ばかりが過ぎました。
大気も揺らめくような夏も盛り。
再びあの鵲を連れた老使者の姿が、御機殿に見られました。
「后様はあの緋糸を大層お喜びでありました。美しい薬玉に皆賞賛の声をあげ、お子様達もお気に召されたご様子。ひいてはこの緋糸の作り主に褒美をとらせよ、とのお達しがありました。」
そうして匣から取り出したのは、水晶の飾りのついた小さな袋。
なんとも言えぬよい香りが辺りに満ちました。水晶は控えめな佇まいで半透明の柔らかい輝きを放っています。
「香木ですか。なんと!このような勿体無きもの、織女には過ぎたる物かと。」
「今の私の言葉は、后様の御心である。その女にお目通り願おうか。」
「しかし……。」
なかなか折れない老使者に、不承不承、老女は菱雨を呼びました。
それでも、敷居を越えず廊下で平伏する菱雨に、老使者は声をかけました。
「女、恐れ多くも后様よりの下賜物である。受け取るが良い。」
額が床に付くほどの深い姿勢から、菱雨はゆるりと顔を上げました。
途端、息を飲む老使者。
しばらく菱雨の顔に魅入ってから、取り繕うように居住まいをただすと、軽く一礼をして立ち上がった。
案内のものに導かれようやく表に出た老使者は、一つ深い息を吐いた。
「懐かしい顔に、出会ったな。」
誰に聞かせたのか。
目は、空に浮かぶ雲を見ている。
…………続く
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