ん?そうかそうか、昨日は怖かったか。
なぁに、大丈夫。
物語も今日で終わりじゃ。
しっかり布団にはいってな。
水蜘蛛はその脚で後ろから烏貝をシッカリと掴んだ。そして糸を何重にも巻き付けた。
烏貝はもう、何が何だか分からないうちに、閉じ込められてしまったのよ。
妖しい力に満ちた、堅牢な繭の中に。
そしてそのまま、水底へと引きずりこまれてな、柔らかで粘りある泥の中に生き埋めにされてしまった。
堰き止められていた水は勢いを増し、産卵中の魚たちを押し流したと。
突然姿を消した女神さんの化身を、水辺の生き物たちは懸命に探したが、ついに見つけることは出来んかった。
一仕事終えた水蜘蛛は来た時と同じ様に、糸を滑り己が山に戻った。
震えるほどの歓喜が、黒い炎を一層燃え上がらせた。
これでもう、邪魔者はいない。
あの方は私だけのもの。
腹の底からうねる様に哄笑が湧き上がる。
カチカチと歯を鳴らし、八本の脚が蠢く。
振り乱れる髪。
女神さんの姿に戻りつつあったが、半妖の様なその醜悪さに自らは気付かなかったんじゃ。
しかしな、見ていたんじゃよ。
男神さんがな。
帰って来ていたんじゃ。
何も言わず、笑い狂う南山の女神さんを静かに見ておった。
女神さんがその視線に気付いた刹那、黒い炎がついにその体を包んだんじゃ。
脚を焼き、髪を焼き、最期には声すら焼き尽くし、黒い炎は消えた。
しゅん、との煙も残さずにな。
全てを黙って見届けた男神さんは、北山へ駆けた。
姿を蒼黒い大蛇に変えて、水底を丁寧にさらったんじゃ。
ようやく見つけた烏貝から、水蜘蛛の糸を引き剥がし、懐にいれて男山に連れ帰った。
北山の女神さんはその懐の中で、再び男神さんの音を聞いた。
どんどんどん。どんどんどん。
力強い音が、女神さんの恐怖を濯いだんだと。
婆の話はこれで終い。
でもなぁ、みわ。
罪深いのは、一体誰じゃったのかなぁ。
未だに、私には分からんのじゃよーーー
よう、おやすみなぁ。
………続く
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