どうやらここでは、昼は短く感じるらしい。
夜が明けて、朝餉と共に出された案内の申し出をありがたく受け取った二人が、一宿一飯の礼もそこそこに、里の若者に連れられて川まで来たのが半刻前。
水辺に生える薬草を蒼に教えながら採取していたら、いつの間にか、朝から続く曇天はもう暮れかかっていた。
「おかしいなぁ・・・」
「何がおかしいんだい?」
「時間の経ち方がですよ、兄様。もう夕方です。」
「ああ、そうだね。」
「そうだね、って・・・兄様のんきです。」
蒼のぷぅーっと膨らんだ頬を突こうと思ったがやめた。
慣れない物を食べているせいか心なしか顔色が悪い。
肉食の鳥類である猛禽類はもともと頻々と餌を摂らない。ミミズクである蒼も例外ではないが、こうも穀ばかりでは力も入るまい。
昨夜はせっかく夜に外に出してやったのに、頼んだ仕事しか頭に入っていなかったらしい。
狩りもせずに帰ってきては、緊張が解けてへたばって寝てしまったと、朝起きた時に聞かされた堅双である。
川に行ったら魚がきっといるはずだよ、と励まして里を出立したのにーーーーーーー
「すっかり暗くなってしまいましたね。」
と案内の若者は微笑んだ。
乞われるままに、里への道を戻る。
名残惜しそうに川を振り返ると、蒼は気付いてしまった。
川向うは晴れて、まだ少し高い位置にある茜色の夕日が柔らかく地面を照らしている。
それに比べて、川のこちら側は?
どんよりと低い雲が垂れ込めて、早くも夜陰の気配を漂わせている。
「どうした蒼、置いていくぞ。」
立ち止まった蒼に声を掛けるも、振り向かず堅双は若者についてどんどん歩いて行ってしまう。
何故だか急に恐ろしくなった蒼は急いで堅双に追いつき袖をギュッと掴んだ。
そんな蒼を目線だけで見下ろした堅双は何も言わず、掴まれていない方の手で蒼の頭をポンと叩いた。
袖口から堅双の香りがする。
それだけで、蒼には伝わった。
『大丈夫、先生には全部分かってるんだ』
里へ戻ると、まるで戻ることが分かっていたかのように、今朝出た家に通された。
夕餉を馳走になった後、帳面を広げてなにやら調べものをしていると、昨日挨拶してくれた体の大きな若者が訪ねてきた。
若者は座敷に上がると、毛足の長い手甲が包む大きな手をぺたりと畳につけ、何も言わず頭を下げた。
「・・・何の真似です?」
堅双はいぶかしんで、それでもどこか予想通り、といった顔をして若者に問いかけた。
若者は頭を下げた姿勢のまま、くぐもった声で話し始めた。
「わたくしの姉が、奇病に臥せっております。聞くに及べば貴方は薬師様のよう。どうかお力を貸してもらえないでしょうか。」
「私の薬はあくまで、人間に効くように作られたもの。他の生き物に効くかどうか・・・」
「・・・やはり、お気付きでしたか。我々の暮らすこの里は人間からは見つかり難いように術がかけられています。しかし貴方はここに居る。人間であるにも関わらず、です。そしておそらく、妹御の蒼様もおそらくは。」
ふ、と堅双は笑うと、やれやれといった風に肩を竦め、頷いた。
「ここで腹の探り合いをしていても仕方がないですね。・・・・・わかりました。お姉さんを診てみましょう。しかし、治せるとは、約束できませんよ?」
「ありがとうございます!早速ですが、案内させてもらいます。」
喜色を浮かべた若者が、素早い動きで座敷から降り戸を開ける。
草履を履く間ももどかしい様子で、堅双たちを急かした。
案内されてたどり着いた家は、里のはずれにあった。
こっそり蒼が堅双に耳打ちする。
「ここですよ!先生。昨日の夜みんなが集まっていたのは!」
「うん、そうか、ここか・・・。」
「病気のお見舞いにみんな来ていたのかなぁ。どんな病気なんだろ。」
「まぁ、行けば分かるだろう。実際に目で見てみなくては、何の答えも出せないからね。」
家の中は煌々と火がともり、明るく暖かかった。
奥まった座敷に布団が延べてあり、真っ黒い塊が見える。
若者が中に上がり、黒い塊に声を掛けた。
「姉さん、薬師様を連れてきたよ。」
若者の声に、びくりと塊が震える。
そしてゆっくりと顔を上げた。
黒く見えたのは、長い長い髪の毛であった。
緑髪に縁どられた顔は生気がなく、一層白くはかなく見えた。
脇息に持たれかかり、暗い洞のような目を伏せ女は弱弱しい声を出した。
「人間などに、この背は見せたくはありません。」
「姉さん・・・」
「どうせもう長くはないこの身。痛みなど、何のことがありましょう。」
「しかし!」
「月さえ・・・月さえ出ていれば、海に向かえるものを。」
黒い目を窓に向け、女は恨めし気に外を睨んだ。
・・・・続く
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