掌編  受験生



唐揚げと、ハンバーグ、どっちがいいかしら。

スーパーの精肉コーナーでしばし佇んで、結局どちらの材料も購入することにした。

「土曜日に帰るよ。話したいこともあるし。」

と、今年から関東の医大に通う長男から電話があったのは水曜日のことだ。

通話を終えて、そのことを居間にいた家族に伝えた。

デキちゃった、とかじゃねぇの?と高校生の次男が口悪く言えば、無きにしも非ず、と冷や汗が出そうになった。

たしかに、将来有望の医大生は人気が高いと聞く。

とにかく、もう殆ど大人になった息子が親に「話がある」なんて、よっぽどのことなのだろう。

夫も難しい顔をして考え込んでいる。

昔から(いったいどちらに似たのか)、顔だちは上品で学校の成績もよく本当に自慢の息子だった。

進路を決める時、金銭的厳しかったが、医者になりたいと言った息子を誇らしく思って全力で応援することを夫婦で誓ったのだ。

彼女がいたことも何と無く分かっていたし、結婚はまぁ、早くても人生経験にはなるし、多少順番はおかしくともめでたい事と言えなくもない。

とにかく、土曜日に直接話を聞いてみないと何も言えない、とその時までは深く考えない様にすることにした。

買い物を終えて、スーパーをあとにする。

息子が到着するのはおそらく夕方だろう。

もしかしたら、女の子も連れて来るかもしれないから、と途中のケーキ屋に寄り道した。

こんなことならば、美容院にでもいって小綺麗にしておくべきだった。

あぁ、お父さんの服も少しよそいきにしないと。

家に帰って、息子を(もしかしたら未来のお嫁さんも)迎える用意に忙しく過ごした。

インターフォンがなったのは、17時を過ぎた頃だった。

小さなデイパックとこなれたTシャツで玄関に息子は立っている。

…………どうやら1人らしい。

ニコニコして、ただいまーと言う息子に、拍子抜けしたが気を取り直してこちらもおかえり、と微笑みを返した。

久々に会う息子は、少しまた背が伸びたかもしれない。

若干緊張の面持ちで家族が食卓を囲んだのは、それから一時間半後のことであった。

夫が、なかなか切り出せないでるのを見兼ねてか、次男が腹が減ったといいだした。

食事をしながらなら、もう少し話しやすい雰囲気が出るかもしれない。

そうねそうしましょう、と言いかけたが、それに力強い息子の声が重なった。

「俺!決めたんだ。ミュージシャンで食って行くって!」




「……っていう、夢を見たの。あれ、私の将来の息子かなぁ………」

昨日、大学受験を無事終えた娘が、遅い朝ごはんを食べながら昨夜の夢の話をした。

なんだかなぁ……と、浮かない顔をした娘が私を見て一言。

「お母さん、私は大丈夫だからね!」

何が?とはあえて聞かず、私は寝癖のついた娘の頭を撫で回した。

夜半の月

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